第1編 「年金」について

本テーマのトップを切って、5回に分けて、老後の生活費の中心や残された家族の生活の糧となる「年金」について取り上げます。1~4回は老後の生活費の中心となる「老齢年金」について、5回目は残された家族の生活の糧となる「遺族年金」についてお話ししたいと思います。

「年金は老後生活の要(かなめ)」(3) 

▼はじめに

 今回は、年金を受給されている方は、とても気になる年金額の改定方法と、今年4月の年金改正の内容として「繰下げ受給の上限年齢の引き上げ」についてお伝えしたいと思います。年金給付は長期間にわたるものであるため、賃金水準や物価の変動に応じた制度と少子高齢化の影響を考慮した仕組みの2つにより年金は改定されます。また、2022年4月から繰下げ受給の上限年齢が70歳から75歳に引き上げられましたが、この改正内容の概要と繰下げ時の注意すべき事項についてお伝えします。

①「賃金スライド」について

 そもそも年金制度は自分でお金を貯めるものではなく、現役世代が年金世代にお金を送る仕組み(世代間扶養)になっています。この現役世代の賃金の増減に応じて年金額を改定する制度を「賃金スライド」と言い、新たに年金を受けとる方に適用されます。スライドの幅は過去数年間の賃金の増減によって決められ、2022年の賃金スライドは-0.4%と算出されています。

②「物価スライド」について

 68歳以上の方々には、物価の増減をベースに年金額が増減しますが、この制度を「物価スライド」といいます。その指標は年平均の全国消費者物価指数を参考にし、2022年の物価スライドは-0.2%でした。ただ、賃金下落時は、「賃金スライド」が「物価スライド」より優先するという例外があり、2022年の改定では、まさにこの例外が適用されました。そのため、マイナスとなった「賃金スライド」が適用され、-0.4%となりました。

③最後の調整「マクロ経済スライド」

 最後に平均余命の伸びや現役世代の減少に合わせて、給付基準を調整します。これをマクロ経済スライドと言います。仕組みとしては
年金額の上昇を抑えるためのものなので、マクロ経済スライドを適用したことで年金額がマイナスになる場合は、年金額の改定は行われ
ません。2022年の増減率は既にマイナスなので、マクロ経済スライドによる調整は行われません。マクロ経済スライドでマイナスになった分は、次年度以降に持ち越され、経済回復期において調整が行われます。

▼「繰下げ受給の上限年齢の引き上げ」

 次に、2022年4月から改正された「繰下げ受給の上限年齢の引き上げ」について解説し、繰下げ時の注意点などについてもお話ししたいと思います。

①「繰下げ受給」と「繰上げ受給」について

 以前にも年金の「繰下げ受給」と「繰上げ受給」についてお話ししましたが、もう一度、簡単に復習してみましょう。まず、年金の「繰下げ受給」とは、通常65歳からとなる年金の受給開始時期を、65歳以降に遅らせる制度のことで、遅らせた期間(月単位)に応じて、毎月の年金受給額が増額されます。繰下げ受給をした場合には年金受給額が1ヵ月あたり0.7%増額し、70歳まで繰り下げると最大で42%増額します。なお、繰下げの手続きは特に必要がなく、65歳到達時に受給開始の手続きをしなければ、繰下げて受け取ることができます。また、65歳より前に特別支給の老齢厚生年金を受け取った人も、65歳到達時に年金請求のハガキが届くので、これを郵送しなければ繰下げとなります。

 一方、「繰上げ受給」とは、年金の受給開始年齢を60歳~64歳に前倒しすることで、繰上げた期間(月単位)に応じて年金の受給額が減額されます。2022年4月以降に60歳になる方は減額率が1ヵ月あたり0.4%に緩和され、減額率は最大で24%となりました。また、年金を繰上げる際は、「国民年金」「厚生年金」をともに繰上げる必要があるため、注意が必要です。なお、繰上げ受給を希望する場合は、65歳までの繰上げ受給を希望する時期に「繰上げ請求書」をお近くの年金事務所などへ提出する必要があり、手続きを行った時点で繰上げ減額率が決まりますので、手続きをする時期には注意が必要です。また、遺族年金や障害年金は前述の老齢年金とは異なる制度のため、繰上げ受給や繰下げ受給の対象とはなりませんので注意が必要です。

②「繰下げ受給の上限年齢の引き上げ」の改正と繰下げ時の注意事項

 2022年4月から、年金の「繰下げ受給」の受給開始年齢の上限が、従来の70歳から75歳に延長され、繰下げ受給による年金受給額の増額割合も、「最大42%」から「最大84%」まで引き上げられました。
 この繰下げは、「国民年金」と「厚生年金」を別々に行えます。具体的には、「厚生年金と国民年金の両方を繰下げ受給する」または「どちらか片方のみ繰下げ受給する」といういずれかを選択できるということです。

③年金受給総額の比較

 繰下げの話をすると、話題になるのが年金の受給総額についてです。例えば、繰下げ受給をせずに65歳から年金受給を開始する場合と、70歳での繰り下げ受給をする場合を比較すると、70歳まで繰り下げた場合の受給総額が65歳受給開始を上回るのは大体「81歳」となります。また、繰り下げ受給をせずに65歳から年金受給を開始する場合と、75歳での繰り下げ受給をする場合を比較すると、75歳まで繰り下げた場合の受給総額が65歳開始時を上回るのは大体「86歳」となります。

④繰下げ時の注意事項

 例えば、繰り下げ受給を選択する場合は、その間は年金の収入がないため、十分な資産があることや働き続けられる環境があるなど、収入を確保するための手段が必要になります。もし、そのような環境が整うのであれば、とりあえず、年金を繰下げておくことをお勧めします。ただ、最低でも一年は年金をもらうのを我慢しないと、増額した年金はもらえません。70歳から繰り下げ受給をしようと考えていた矢先に、想定外の病気になってしまう場合もあり得ます。そのような場合には、無理に繰り下げ受給をするのではなく、その時点で受け取りを開始するといった柔軟な対応も必要です。また、急に大きなお金が必要になった場合は繰下げを65歳の時点までさかのぼって中止することができ、その際は、65歳時点の年金額で我慢していた月数の額を、一度にもらえるという仕組みもあります。

 年金を繰下げて、年金額が増えても、税金や社会保険料そして医療費などの負担率が増加し、手取りが思ったより多くならない場合もあるので、事前にシミュレーションをしておくと良いと思います。

 さらに、厚生年金を繰下げる場合は注意が必要です。まず、厚生年金には加給年金と言って、配偶者の扶養手当のような年金が、配偶者が65歳になるまで支給されますが、厚生年金を繰下げた場合は、その期間は加給年金がもらえません。また、厚生年金を繰下げて年金額が増加しても、万が一の時に配偶者に支給される遺族年金は65歳時点の年金額で計算され、繰下げのメリットがありません。もし、残された配偶者の方の生活がご心配な場合は、配偶者の国民年金を繰下げて、支給年金額を増やしておくことをお勧めします。

▼おわりに

今回は、年金額の改定方法と、今年の4月から変更になった繰下げ受給の上限年齢の引き上げについてお話ししました。年金は、一度支給が開始されると、その時点で金額が決まり生涯にわたり変わらないという特徴があります。そのため、年金のもらい方は、もっと慎重になってもよいのではないかと思いますが、あまり考えずに決めてしまう方が多いような気がします。できれば、ライフイベントを想定しながらキャシュフローを作り、年金のもらい方を考えると、後で後悔することが少なくなるのではないかと思います。